『ヴィタール』 塚本晋也監督 DVD

ストーリー
医学生の高木博史(浅野忠信)は交通事故からかろうじて一命を取り留めるが、父・隆二(串田和美)や母・慎子(りりィ)の顔さえ分からず、すべての記憶を失っていた。自分が一体誰なのか、どこにいるのかー居場所のない自分を抱えさまよい始める博史だったが、医学書にだけは興味を示し、大学の医学部に入学する。やがて2年生の必須科目である解剖実習が始まり、博史の班に若い女性の遺体が割りあてられた。空白を埋めるかのように解剖にのめり込んでいく博史は、解剖を続けるにつれ、現実とは異なる世界へとフラッシュしていく。それは涼子(柄本奈美)という女性と自分とが一緒に過ごす、甘く切ない、記憶を超えた映像だった。
一方、実習室では、博史へのもうひとつの強い感情がうずまいていた。それは同級生の吉本郁美(KIKI)の存在によるものだった。彼女は、かつて恋愛関係にあった中井教諭(利重剛)を自殺させた原因が自分にあるという思いを抱え、博史に同じ“死”の臭いを感じて接近する。しかし、博史はまるで現実感がない。
博史の見る映像は鮮明になり、彼は、もうひとつの世界で涼子がダンスを踊ったことを、涼子の父・大山三郎(國村隼)と母・のり子(木野花)に報告しはじめる。同級生の解剖のやり方に耐えられなくなり、自分の班のご遺体をひとりで担当したいと、博史は、柏淵教授(岸部一徳)に申し出る。そして、その肉体を愛するかように解剖を続けていく。雨が博史の記憶を呼び覚ますように激しく降り始めた。
もう一つの世界が確かなリアリティを持ちはじめ、博史は、どちらが本当の現実なのかを次第に見失い、様相は死体さながらになっていく。
涼子の腕に刻まれた“印”に思い至った博史は、肉体にこめられた強い思いを知ることとなる。
公式HPより

博史が見てしまう恋人との映像とは何なのであろう? 
主人公の博史は、事故で記憶を失ってしまう。人間にとって記憶こそがその人の存在基盤であって、自己を支えているものである。人間には意識があるが、その意識の存在を肯定するはずの記憶が大きく欠落していると、自分自身が物でしかないような空虚な思いに捕らわれる。
そんなおり、彼が解剖実習を行っている献体が、元の恋人であった涼子である事を知る。虚無感を感じるのは人間に意識があるからである。博史が涼子の解剖に没頭していくのは人体の中のどこに意識が存在するのか? その秘密を探るためなのであろう。これまでの博史は現実世界を執拗なまでに絵に描く事で、世界の仕組みを探ろうとしていた男だ。彼が執拗に人体を描写する事で探しているのは意識の秘密なのだと思う。だが人体をいくら探ったところで、意識がどこにあるかなど解らない。だから博史は次第に彼女の幻想を見始める。それは人体の中に意識を見いだせなかったために、博史が勝手に作り上げていった物なのだと思う。
幻想のなかの涼子は踊る。現実では涼子は踊りなどやっていなかったと父親は言う。なぜ涼子は踊るのであろうか? 解剖を通じて意識の秘密は得られなかったが、その代わりに博史が得たのは生命の躍動(ヴィタール)である。人の生命力がいかに強く機能しているかを解剖をへて知る。それまで笑った事の無い、踊った事の無い涼子が博史の幻想の中では、踊り、笑い、泣くのは、博史が涼子の身体を通じて知った生命の象徴だからなのだと思う。

映画の中には虚無感をかかえた博史の意識の他にも、様々な意識の様子が出てくる。もう一人の医学生邦美は医学生の中でもエリート中のエリートで人間を物のような感覚でとらえていた。自分の捨てた元恋人が自殺してしまったせいで、死という問題に直面し、博史と涼子の関係に嫉妬する事によって感情を爆発させ、彼女なりの生命の躍動感を得る。
しかし一番強い意識は涼子のものだ。父親が娘の身体を大学病院に渡したのも、柏淵教授が涼子の解剖を博史にやらせたのも、全ては涼子の意志だ。死をそれで終わらせてしまいたくないという強い思い。死してなお人々の意識に侵食して残り続ける死者の意識という物がここに描かれている。

博史は死体の解剖を通じて生命の躍動を感じ、生の実感を得た。彼女が荼毘にふせられる時に火葬場で悲しむ博史に、生を取り戻した姿が描かれている。

ラストシーンで涼子が見る今までで一番好きな場面には、なんでもない日常の中の博史と、日常の中の自然が映し出される。その一番大切である何気ない日常を支えているからこそ命というのはすごい物なのかなと思う。

役者陣もすごく、浅野忠信はあいかわらずの演技力で、もはや一言一言が神がかって聞こえる。そして今回の最大の収穫が女優としてのKIKIであろう。キレイで頭も良くセンスもいい。こんな女性がいたりするのだから恐ろしい。ダンサーである柄本奈美の自然な演技も浅野とうまく合っていた。國村隼岸部一徳のベテランの演技も見物だ。

そして最後に流れるCOCCOの主題歌が美しすぎる。

ヴィタール スタンダード・エディション [DVD]